一雫の水滴

一雫の水滴
夜は一日に一度。昼は一日に一度、惑う事なく訪れる。
これを惑星の自転(Rotation)という。
夜空には数えきれない程の星が輝き、昼には白く大きな太陽が生命に息吹を与えてくれる。
四季と夜空の星の運行からこの星は太陽の周りを360日あまりで一周、公転(Revolution)しているのだそうだ。
私達、人、ヒューマノイド(Humanoid)は昔し昔しに生まれ、この星も夜空に瞬く星々の仲間もはかり知れない太古から在るらしい。
天空に付かず離れず回転するバランスされた軌道(Orbit)を描きながら。
大きな何かが起こらない限り、星々が軌道から外れる事はない。
このころ、私達の世界には今尚、踏み越えてはならない、近付く事さえ許されないエビルバウンダリー(Evil Bonudary)があった。人は魔境と呼び、地平線の辺りらしい。
我々の住むこの世界はいわゆる魔境にぐるりと囲まれていて、誰もその先を覗いた者はない。
魔境の先には大いなる断崖が有り、近付く者は皆、引きづり込まれて決して戻る事が出来ない。
断崖の先には何もないのだ。
哲人は説いた。
「存在とは何か。存在する事の後にも先にも何もない。
存在の外には存在は無く、ただ存在という事が在るのだ。
私が産まれる前には私という存在は無く、死すれば私と言う存在は無くなるに過ぎない。
目を閉じなさい。何も見えなかろう。
耳を両手で塞ぎなさい。何も聞こえなかろう。
無とは存在しない事に他ならない。
無からは何も生じず、有からのみ全ては生じる。
無の世界が在る等とする者の言葉は詭弁である。
我々が住む宇宙とは流れ行く空間である。
存在する世界を宇宙と呼ぶ。
神の使徒と名乗る汚(けが)れた偽者(ぎしゃ)は「神を信じ仕える者は死後に花咲き乱れるあの世、魔境の先に在るシャングリラに行ける」等と詭弁(きべん)をのたまい、善良な人を誑(たぶら)かそうとする。
この宇宙は父なる太陽と母なる大地で成り立っている。
そして、生(せい)なる者(もの)と動かぬ物(もの)がある。
命あり生(い)ける、人なる者、花なる者、草木なる者、虫なる者、鳥なる者。
そして命を持たぬ、土なる物、石なる物。
更に中間なる、気、水、熱、光、音。これらは気象である。
万物は森羅万象に干渉され、千遍万化しながら宇宙に在る。
生なる者は皆一様に、命ある間、子孫を増やし種(しゅ)を繋ごうとする。
しかして、やがてその役割が終えると命尽き動かぬ物に変わる。
多くは他の生なる者の命を紡ぐ食料、栄養となり、又ある物はそのまま大地の土となり石となる。
いづれ時を経て、ある一部の動かぬ物は気と水と熱により新たな生ける者になることもある。
気象とは生を司り、時として気象は全てを破壊することもある。
時は決して留まらず、戻らず、流れ移ろう。
人にも花にも寿命が在り永遠なる命等は無いのだ。」
そしてある日、突然に、転機が訪れる。
あろう事か、魔境の先に行った勇気ある者が現れたのである。
なんと、哲人から非難されたあの宗教者(Rivorutionist)達の数人が、シャングリラを目指したというのだ。
彼等はある夜、闇に乗じて人知れず出発し果敢にも魔境に挑んだ。
太陽を追いながら地平線の先にある西の魔境を超える旅に出た。
そして200日程も経ったある朝、東の魔境から太陽と共に戻って来たのである。
彼等は見た。魔境の無い事を。
昼と夜が逆転するその先に断崖は無く、天上にはとてつもなく大きな輝く星が浮かぶ様(さま)を。
母なる太陽よりも大きなその美しい星を。
そしてその星は決して沈まない事を。
その星は天上のまん中に位置し、一日に一度、昼間の短時間、太陽を隠し小さい夜を作る。
地平線の向こう側の世界では長い夜と短い夜が交互に訪れ、まるで一日に二度昼と夜を迎えることを。
彼等は何日も何日も歩き続けるうち、その星に抱かれているような気持ちになった。
何故かノスタルジーに似た感情も芽生え、
今迄に感じたことのない喜びでだんだんと心が満たされて行く。
暫くしたある日、心の奥底に閉ざされていた大いなる記憶が、瞬く間に、爆発的に呼び起こされる。
そして、あの世もシャングリラも無い事を悟った。
やがて彼等は帰って来た。
天上の青い星はヒューマノイドの遠い故郷、地球。
彼等の住む星は一定の半球面だけを常に地球に向けて公転している衛星、月である。
地球から見える事のない月面の裏側面。
ここに住む彼等からも地球は決して見る事が叶わなかったのだ。
ヒューマノイドは地球人ヒューマンの子孫である。
古来、深い樹林の中や野生動物が集まる沼の辺りは危険な為、
弱い女子供が迷い込み近付かないように、魔が棲むとされた。
地球はこの時既に地下熱の過度な上昇が続き、人の住める星では無くなっていた。
人類は太陽系内の惑星移住を模索したが、太陽からの距離がもたらす生存環境は
近隣の金星、火星では余りにも異なり、衛星である月に頼らざるを得なかった。
しかし人類の生存環境を満たす迄には叶わず、やむなくヒューマノイドに全てを託したのである。
その際、急激な文化の発展を生じないよう、動力を生む機械文明は伝えなかった。
地球に産まれた生命も所詮は太陽の気紛れ。
地表に散在する元素と気象が育んだ化学反応。
雨上がりに木の葉からこぼれ落ちた一雫の水滴のようなものに過ぎない。
宇宙とは決して後戻りすることのない流れ行く空間である。
tag : 星のお話
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